脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy)(SMA)
脊髄性筋萎縮症(SMA)は、脊髄の運動神経細胞(脊髄前角細胞)の異常によって発症する運動ニューロン病の一つです。おもな症状は進行性の筋萎縮、四肢・躯幹の筋力低下です。進行すると手足を動かすことができなくなり、呼吸も困難になります。
I 型(ウェルドニッヒ・ホフマンWerdnig-Hoffmann病)最も重症で小児期に発症
II 型(デュボビッツDubowitz病)中間型
III 型(クーゲルベルグ・ウェランダーKugelberg-Welander病)軽症型
IV型 成人発症型
に分類されます。
I型は乳児期早期、II型はやや遅く乳児期から幼児期にかけて、III型はより遅い発症をします。いずれも常染色体性劣性遺伝形式を示します。SMAの原因遺伝子はSMN1遺伝子です。SMNはsurvival motor neuron(運動神経細胞生存)の略です。重症のSMAではSMN1遺伝子欠失が認められています。
新しい治療薬が2017年から市販されています。遺伝子治療薬も開発されており、米国では2019年5月に承認されています。これらの治療は有効性が確立されていますが、効果的な治療を行うには、早期に治療することが重要であり、新生児スクリーニングが米国や台湾の一部ですでに開始されています。わが国でも早期のスクリーニングの開始が望まれます。
SMAの新しい治療
SMAの治療薬としてはすでにアンチセンス核酸薬が市販されています。この薬剤はSMN1に類似したSMA2遺伝子のmRNA前駆体と結合し、正常なSMAタンパクを産生することができるようにします。臨床的な効果が認められています。
遺伝子治療薬も優れた効果が確認されています。この遺伝子治療薬は体内でSMNタンパクを産生させ、神経、筋肉の機能を改善させるものです。米国での臨床試験では優れた効果が実証されています。
米国ではSMAは新しい治療薬が出現したので、新生児スクリーニングに優先的に取り組むように推奨されています。米国と欧州の一部、台湾の一部ではすでに新生児スクリーニングが開始されています。わが国でも早急に取り組むべきスクリーニングと考えられています。
SMAスクリーニング研究の紹介(最近の論文から)
SMAの遺伝カウンセリングの今後について
Perspectives in genetic counseling for spinal muscular atrophy in the new therapeutic era: early pre-symptomatic intervention and test in minors.
Serra-Juhe C, Tizzano EF. Eur J Hum Genet. 2019 May 3.
SMAの治療方法が開発されたことによって、無症状の新生児を含む対象者へのスクリーニングと、それにつづく診断の確定は予防的にも早期治療にとっても重要になっており、その観点から今後のSMAの新しい遺伝カウンセリングについて議論している。
ベルギーで新しい新生児スクリーニングの実地研究が開始された
Newborn screening for SMA in Southern Belgium.
Boemer F, Caberg JH, Dideberg V, Dardenne D, Bours V, Hiligsmann M, Dangouloff T, Servais L.
Neuromuscul Disord. 2019 Feb 15. pii: S0960-8966(18)30482-6.
新しいSMAの新生児スクリーニングのパイロット研究をベルギー南部で開始した、SMN1遺伝子のエクソン7の欠失を検出する方法を開発し、その有効性を確認した、3年間のパイロット研究を最近開始し、年間17000人の新生児を対象とする予定である。最終的には55000人の新生児を対象とする予定である。
FDAによる新しい治療の承認を受けて、DMDとSMAの新生児スクリーニングの必要性と診断後の体制の構築についての重要な議論
Progress in treatment and newborn screening for Duchenne muscular dystrophy and spinal muscular atrophy.
Ke Q, Zhao ZY, Mendell JR, Baker M, Wiley V, Kwon JM, Alfano LN, Connolly AM, Jay C, Polari H, Ciafaloni E, Qi M, Griggs RC, Gatheridge MA.
World J Pediatr. 2019
現在FDAによって承認されているDMDとSMAの治療は、これらの疾患の自然史を変えると考えられる。そして、これらの治療の長期の効果の研究が現在行われている。これらの治療の効果を最大のものとするには、新生児スクリーニングを通しての早期発見が必要である。新生児スクリーニングを成功させるには包括的なフォローアップ体制の構築が必要になる。
SMA治療薬の出現を受けて、ドイツのグループによる早期診断とモニタリングに関するレビュー論文
Novel challenges in spinal muscular atrophy - How to screen and whom to treat?
Saffari A, Kölker S, Hoffmann GF, Weiler M, Ziegler A.
Ann Clin Transl Neurol. 2018 Nov 13;6(1):197-205.
SMAの治療薬が開発されたが、患者の診断は適切な治療開始時期よりも遅れている。著者らは無症状の患者の診断方法と新生児スクリーニングの評価研究を現在行っている。一方、早期に症状を出す患者は限られているのでいつ誰に治療するかというのが問題となっている。個々の患者のモニタリングが必須であり、この論文ではスクリーニング、発症時期の判定、バイオマーカーについて重要な点を考察している。
日本・四国地方の乳児SMA患者の頻度を推定した調査研究の報告
Incidence of infantile spinal muscular atrophy on Shikoku Island of Japan.
Okamoto K, Fukuda M, Saito I, Urate R, Maniwa S, Usui D, Motoki T, Jogamoto T, Aibara K, Hosokawa T, Konishi Y, Arakawa R, Mori K, Ishii E, Saito K, Nishio H.
Brain Dev. 2019 Jan;41(1):36-42.
日本・四国地方の91の病院を対象におこなった調査研究である。2011年から2015年の間に観察したSMA乳児の数、確定診断した患者の数などの調査が行われている。その結果、147950出生の地域で4名の患者がSMAと診断されていた。愛媛地区ではもっとも頻度が高く、100000出生中で2.7名であった。
ニューヨーク州で実施されたSMAの新生児スクリーニングの報告
Pilot study of population-based newborn screening for spinal muscular atrophy in New York state.
Kraszewski JN, Kay DM, Stevens CF, Koval C, Haser B, Ortiz V, Albertorio A, Cohen LL, Jain R, Andrew SP, Young SD, LaMarca NM, De Vivo DC, Caggana M, Chung WK.
Genet Med. 2018 Jun;20(6):608-613.
2016年1月から2017年1月までの間に3826名の新生児を対象として3つの病院でスクリーニング研究が実施された。一人の新生児でSMN1遺伝子の欠失とSMN2遺伝子の2コピーの存在を検出し、重症のSMA病型が予測された。診断された患者は生後15日にスピンラザの投与を受けた。現在12か月になったが、発達のマイルストーンは正常範囲である。なお全体の保因者頻度は1.5%であった。SMAはnational recommended uniform screening panel.に追加すべき疾患である。
米国のグループによるSMAの新生児スクリーニングのアルゴリズムの提案
Treatment Algorithm for Infants Diagnosed with Spinal Muscular Atrophy through Newborn Screening.
Glascock J, Sampson J, Haidet-Phillips A, Connolly A, Darras B, Day J, Finkel R, Howell RR, Klinger K, Kuntz N, Prior T, Shieh PB, Crawford TO, Kerr D, Jarecki J.
J Neuromuscul Dis. 2018;5(2):145-158.
米国の15名の専門家によりSMA1遺伝子に欠失を有しSMA2遺伝子のコピー数が2あるいは3の患者に関して治療実施に向けたアルゴリズムについて検討している。その結果、欠失を有しSMA2遺伝子のコピー数が2あるいは3の患者は直ちに治療を開始すべきと結論付けている。SMAの患者にとって、新生児スクリーニングはこれまでにない治療の機会をもたらすものであるとしている。